わが祖父井上成美

『井上成美の遺言(予告編)』を書き始める前に、購入したものの、書き終えるまでに読まなかったという本があります。
『わが祖父井上成美』
これは、井上成美のたった一人のお孫さんである丸田研一さんの書かれたもので、
「身内の書いた本は、、、」
と、後回しにしているうちに読まずに終わってしまったというもので、読んでみて大変後悔しました。
丸田さんは雑誌の編集などをしていた方で、
非常に分かりやすくウィットにとんだ文章を書かれます。
ですから、井上成美に興味がなくても、
一つの読み物として読んでも楽しい本になっています。
しかも、井上成美に関する本を書こうとしていたボクにとって最大の失敗は、
この本が「できるだけ今までに出版されたものに触れられていない成美の私的な側面に光を当てることを心がけつつ書き進め」たものであったことでした。

わが祖父井上成美

丸田研一著  〈徳間書店〉

序章 サイパン戦のころ
一  長井の思い出
二  何も知らぬ孫
三  平塚市歌
四  艦長・参謀長時代の成美
五  開戦
六  教育者として
七  重巡「鳥海」
八  和平への道
九  終戦
十  戦後生活の始まり
十一 英語を教える大将
十二 「隣の大将」とその伴侶
十三 終章
   あとがき
   談話提供・取材協力者
   参考文献
   井上成美略年譜

丸田さんの父方の祖父、丸田幸治は海軍軍医で、
昭和6年の末に予備役となり、
日本橋で開業医をしていました。
昭和19年の卯月から、
備忘録の意味もかねて日記をつけ始めたそうで、
この本では、ところどころに抜粋され出てきます。
山本五十六と同じ長岡の出身で、
二人は長岡中学からの友人であったそうで、
山本戦死(卯月の18日)の1周年に当たり、
多磨霊園の山本の墓に詣で、
その時のことを日記に書いているそうです。
「山本元帥の戦死は思っても思っても諦めきれない。惜しいことをした。元帥逝ってからの戦況は敗退一途である」
「山本の頭脳と闘魂とが存在したらこれほどまでにひどい負け方にはまだなるまいと思われて遺憾に堪えぬ」
開戦直後の17年の睦月、
幸治は山本に真珠湾攻撃成功に対する祝辞をしたためたそうで、
それに対する山本の返事を
「私は深くも考えずに読んでいたが、今にして元帥の徹底した前途の見越しがようよう読み取れた」
とあり、
敵の反撃と我の苦戦を予想した山本の見通しが現実となった今、やっと真意がわかったというのである。
と、丸田氏は解説する。


わが祖父井上成美