なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか

Pocket

フーヴァー大統領の回想録
『フリーダム・ビトレイド』〈裏切られた自由〉
が刊行されたのが2011年。
この本は2012年のものです。

加瀬英明さんと
ヘンリー・S・ストークスさんの共著というのかな。
加瀬さんのお父さんは加瀬俊一(としかず)さんで、
同時代に加瀬俊一(しゅんいち)さんという人が
いてややこしいですね。どちらも外交官です。
従妹にオノ・ヨーコさんがいます。
靖国に連れて行ってもらったジョンレノンが
神道の説明を聞いて生れたのが
「イマジン」だとおっしゃってました。
そう考えると「イマジン」に何となく惹かれていた
自分が弁解できるようでうれしいですね。

一般には「イマジン」は、
お花畑の歌と認識されてるんじゃないでしょうか。
ジツは、神道なんですね。
神道は本気で平和を求め、目指していますから、
そういう常識がない人が受けるインスピレーションは、
あんな感じになるんじゃないでしょうか。

日本の文化は異質ですから、
平和主義も八紘一宇も誤解されますね。
ボクは、平和ボケっていわれている日本ですが、
一旦緩急あれば、相当の数の人が
義勇を基に立ち上がるものと思っています。
ただ、ちょっと、楽観する性分ではないものですから、
こんなブログを立ち上げたわけです。

なぜアメリカは、
対日戦争を仕掛けたのか

加瀬英明、ヘンリー・S・ストークス 〈祥伝社〉

  目次
第一部 アメリカに強要された日米戦争の真実
 第1章 ルーズベルトが敷いた開戦へのレール
   アメリカの決意、日本の独り芝居
   ルーズベルトによる敵対政策の始まり
   なぜルーズベルトは、中国に肩入れしたか
   中国空軍機による九州来襲
   日本の外交暗号をすべて解読していたアメリカ
   中国軍に偽装した日本本土空襲計画
   日本を戦争におびき寄せた本当の理由
   ルーズベルトを喜ばせた三国同盟の締結
   着々と進む日本追い詰め政策
   開戦五ヵ月前に日本爆撃を承認した文書
   「日本という赤子をあやす」
   直前まで対米戦争を想定していなかった日本
   日米首脳会談に望みをかけた近衛首相
 第2章 米政府が秘匿した真珠湾の真実
   海戦を前にした昭和天皇の懊悩
   山本五十六の無責任発言
   アメリカに筒抜けだった連絡会議の結論
   日本艦隊の攻撃を待ちのぞむアメリカ
   開戦強要の最後の一手
   その時、ルーズベルトは何をしていたか
   なぜ新鋭艦が真珠湾にいなかったのか
   万策尽きての開戦決定
   暗号解読で、事前にすべてを承知していたアメリカ政府
   ハワイにだけは情報を伝えなかった謎
   アメリカの参戦決定と、チャーチルの感激
   ルーズベルトは、いかにして四選を果たしたか 
   終戦の方策を考える余裕すらなかった日本
   アメリカで追及された真珠湾奇襲の真相
   終戦一年半前に作られた日本占領統治計画
   日本国憲法にこめたアメリカの狙い
 第3章 日本人が知らない日本の歴史的功績
   盧溝橋事件は日本の仕掛けではなかった
   東京裁判で裁かれた「平和に対する罪」とは
   日米戦争の原因の一つは人種差別
   トルーマンもマッカーサーも、人種差別主義者だった
   トインビーが日本に与えた歴史的評価
   軍人としては無能だったマッカーサー
   マッカーサーの日本非武装中立論
   日本の”宗教改革”をたくらんだマッカーサー
   ルーズベルトを「狂人」と呼んだフーバー元大統領
 第4章 この教訓から何を学ぶか
   国際政治は、いかに非情であることか
   まやかしの「平和主義国家」
   無責任なコンセンサスに縛られた「日本国憲法」
   小室直樹氏の吉田茂に対する辛辣な評価
   インドとインドネシアの独立に果たした日本の役割

第二部 ペリー来襲から真珠湾への道
 第1章 100年にわたるアメリカの野望
   アメリカが隠蔽してきた史実
   三島由紀夫と「黒船」
   ペリーという”海賊”が犯した罪業
   「神の意志」によって正当化された侵略行為
   日本に埋蔵されていた「黒いダイヤモンド」
   ペリーの野望が結実した横須賀米海軍基地
   世界一の文化都市だった江戸
   アメリカ人が持っていたひどい偏見
   日本という獲物を虎視眈耽と狙う列強
   「レイプ・オブ・江戸」
   わざわざペリー艦隊の艦旗を取り寄せたマッカーサー
 第2章 ペリーが開けた「パンドラの箱」
   パリ講和会議における日本の人種差別撤廃提案
   白人不敗神話の終焉と日本
   インドネシア独立に果たした日本の功績
   独立記念日の日付は、なぜ05817なのか
   インドネシア独立戦争で戦死した1000人の日本兵
   イギリスのインド支配とチャンドラ・ボース
   日比谷公会堂で行なわれたボースの演説
   インパール作戦は、けっして犬死にではない
   公開された日本本土侵攻作戦計画
   アメリカ政府が弄した奸計
   「パンドラの箱」とは何か

ヘンリー・スコット・ストークスさんは、
イギリス生まれのジャーナリスト。
新聞社の東京支局長とかやってた方で、
最近では、本屋さんに行くと、
近現代史のコーナーに必ず何冊が並んでますね。
ストークスさんの訳は藤田裕行さん。

お二人が共通の項を設けていますね。

加瀬
インドとインドネシアの独立に果たした日本の役割

ストークス
インドネシア独立に果たした日本の功績

加瀬
「インドネシアは日本が降伏した二日後に独立を宣言したが、オランダ軍がイギリス軍とともに、インドネシアをもう一度、オランダの支配のもとに置くために来攻すると、祖国防衛義勇軍(PETA)が中心となって迎え撃ち、以後四年にわたって凄惨な独立戦争が戦われた」

ストークス
「インドネシアの植民地支配は、1596年にオランダがジャワに艦隊を派遣したことに始まる。インドネシア人は悲しいことに、抵抗する術を持たなかった」
「オランダの350年あまりにわたるインドネシア支配に終止符が打たれたのは、1942年の日本軍の侵攻によるものだった。インドネシアにあったオランダ軍は、生命惜しさに、わずか七日間で降伏してしまった」
「日本は第二次大戦で、アジアの国々を侵略したとされている。しかし、どうして侵略する国が、侵略をされた国の青年に軍事教練を施し、精神力を鍛え、高い地位を与え、民族が結集する組織を全国にわたって作り、近代組織の経営方法を教えるということがあろうか?この事実はとりもなおさず、侵略したのが日本ではなかったことを、証明している。日本がアジアの国々を侵略していた西洋諸国から、アジアの国々を独立させるために、あらゆる努力を惜しまなかったと見るのが、正しい認識であると思える」

次の項にはこんな説明まで丁寧にされています。

「インドネシアの記念すべき独立の日は”05年8月17日”となっている。05年は、日本の皇紀2605年なのだ」

ここまできちんと外国の方が証明していただけるのには、
今村均将軍の軍政によるところが大きいと思います。
今村将軍のジャワにおける軍政に関しては、
「井上成美の遺言:海軍兵学校第37期編〈中〉」
こちらがいくらか参考になるかと思います。

凄惨な独立戦争が始まると、
日本側としては大っぴらにはできませんので、
奪われたという形をとったりして、
武器を義勇兵に横流しします。
そして、日本兵も参加し、千人ほどの方々が英雄墓地で眠っています。

なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *