自伝的日本海軍始末記

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高木惣吉さんは東條首相暗殺を企てた人で、
決行前に内閣が崩れたので実行には至りませんでした。
その後は終戦工作に尽力しました。
海軍大臣の命を受けてやったもので、
個人的にやった陸軍のものとは全く違う。と、
井上成美さんは、この点を強調しています。

高木さんはちょっと変わった経歴を持ちます。
ロンドン海軍軍縮会議の連絡事務担当から
大臣の副官兼秘書官となり、
無理がたたって体を壊してしまい、
そこから塩っ気のある勤務ができなくなってしまったのです。
それでも海大を首席で出ていますから中央で活躍し、
大佐のときは海軍省官房調査課長なんてのになり、
ブレーン・トラストなどという組織を作り
外部の人との接触が多くなります。
このことが終戦工作に役立つわけです。

高木さんは、早い段階から著作活動をしており、
海軍の伏せておきたいような部分も書いたりして
反発も多かったようですが、井上成美さんに
すべてを明るみに出せ。とはっぱをかけられて、
拍車がかかったりしたようなところもあるみたいです。
もともとというか、全般的に反骨の人ですね。

自伝的日本海軍始末記

帝国海軍の内に秘められたる栄光と悲劇の事情

高木惣吉 〈光人社〉

  まえがき
第一章 反骨児、海軍へ入る
  わが生い立ちの記
  ヒヨコ士官のクリ言
  時代おくれの海兵教育
  江田島をはなれて
  第一次世界大戦おこる
  くやし涙の遠洋航海
  わが反骨時代はじまる
  上村副長の鬱憤ばらし
  御難つづきの「明石」
  シベリア出兵の悲劇
  大いなる迷いの果てに
  まぼろしの八・八艦隊
  加藤中将のくやし涙
第二章 疑いを胸中に秘めて
  わが青春の思い出
  大正も終わりに近く
  海軍大学というところ
  作戦方針に疑問あり
  フランスにて思うこと
第三章 揺れ動く昭和を生きて
  つわものどもの夢の跡
  軍縮条約の波紋ひろがる
  海軍大臣秘書官として
  戦火、上海におこる
  運命の糸にあやつられて
  第四艦隊事件の教訓
第四章 大陸に戦火ひろがる
  相つぐ不祥事の中で
  政党政治の崩れ去る日
  ある日の山本五十六
  日米抗争激化の前夜
  暴走陸軍を止め得ず
  多事多難な昭和十二年
  揚子江に沈んだ星条旗
  ついに戦火は消えず
第五章 陸軍の横暴に抗して
  軍部独裁への道ひらく
  悔いを千載にのこす
  明暗を分けた分岐点
  急を告げる内外の動き
  こじれた日独軍事同盟
  くすぶりつづける禍根
第六章 世界の戦火を浴びて
  戦火いよいよ拡大す
  崩壊への路線きまる
  恐竜と化した米経済界
  高まりゆく陸軍の圧力
第七章 日本苦境に立つ
  反骨精神で生きる
  日米戦争はじまる
  軍艦マーチひびけど
  忘れえぬことども
第八章 無為無策な指揮下で
  山本五十六大将死す
  ああ万骨枯れるのみ
  粉飾の戦果におどる
  崩れゆく日本の日々
  活路を得んとして
  東条内閣の最後近し
第九章 戦争の時代終焉近し
  ドタン場の海軍人事
  有馬正文の遺言
  有名無実の防御線
  戦局とみに逼迫す
  極秘裏に平和へ動く
  若き憂国者たちの不満
  決裂した大西との密談
  樹てられた暗殺計画
  押し寄せてきた破局
  色あせた”楠公精神”
  沢本次官とのウワサ話
  成算すでにゼロ!
  ついに東条内閣崩る

高木さんは、こういう記述も残しています。

二・二六事件のときのエピソードです。

世間は腹はくさっていても、
肩書のものものしい人々には注意をするが、
忘れがちなのは、真に日本人として
誇るべき、無名の男女性の行動である。
総理官邸に、反乱軍の乱入した騒ぎの中で
「旦那様のご遺骸があるうちは、
 一歩もここから立ち去ることはできません」
と、監視する反乱兵士の銃剣の前で言い切った
秋元さく、府川きぬえさん両女性の総理守護の心境、
警視庁が反乱軍に包囲され、
背後に監視兵がいるまえで、
32時間にわたり電話交換台を死守した
石田末子さん以下12名の交換嬢、
また右の人々と交替した佐伯八重子さんら18名が、
27日午前10時半、交換台が神田錦町署に
移されるまでの凛々しい働きぶりには、
まったく頭のさがる思いで、
派閥根性に国民を忘れた軍事参議官たちを
愧死せるに足るものがある。
また、総理官邸で衆寡けん絶した反軍と戦って
殉職した巡査部長村上嘉茂左衛門、
巡査小館喜代松、土井清松、清水真四郎の四名、
牧野伯の避難をたすけて殉職した巡査皆川義孝、
岡田総理の救助、脱出にかぎりしれぬ助力を与えた
麹町憲兵分隊長森健太郎少佐、
特高班長小坂慶助曹長以下の憲兵諸士、
とくに最初に総理の生存を知った
青柳利之軍曹、篠田惣寿上等兵らの、
きわめて正しい判断と処置は、
国民が忘れてはならないとうとい鏡で、
われわれは国や社会が困難に出会うごとに、
官階や地位や貧富とかかわりなく、
その人のヒューマニズムにもとづく行動が、
人間としての価値を示してくれることを痛感する。

東日本大震災のときの、
腹のくさった菅や枝野でなく、遠藤未希さんですね。

自伝的日本海軍始末記


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