波濤を越えて

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手元の本は昭和60年になっていますが、
もともとは日本出版共同株式会社から
「海戦」の題名で刊行されたものらしく、
作品としては昭和31年のものです。

若いころの吉田さんは、
こういった本を出されていたようですね。
こういった本というのがなにか
吉田さんのあとがきを抜粋します。

あとがき

大東亜戦争の記録を手当たり次第に読みはじめ、
集めはじめたのは戦後三年目ころからであった。
その後も戦争当時の責任者や研究者たちが、
それぞれの「戦記」や「戦史」を活字にした。
連合国側でも、いわゆる権威ある戦史が刊行され、
彼我の主張の間に、
真実がようやくうかがい知られるまでになってきた。

しかし、私には、それらのものを読むたびに、
どうしても満足できないものが、しこりのように残った。
――これが、私たち日本人がすべてをあげて戦った
大東亜戦争の、ほんとうの姿なのだろうか。

私には、いまだに親交を重ねている、
当時下士官兵であった人々、
あるいは当時大尉、中尉くらいであった友人たちがある。
少しも際立たない、生活の間に埋もれている、
ごく当たりまえの人たちであるが、
そういう人たちの話は、経験は、
高級指揮官や参謀たちの手で書かれた
いわゆる戦記の肌あいと、著しく違っている。

駆逐艦一隻喪失、という冷たい文字のかげには、
乗員二百五十人の真剣な、
真面目な努力と魂の燃焼があり、
飛行機消耗五機という裏には、
五人ないし三十五人の若い生命の奔騰と
お守り札や千人針を持たせてくれた家族の祈りと、
――その祈りも及ばぬところでの、彼らの死がある。
勇敢で、崇高で、献身的な戦いが、
その人たちが無名の人であるばかりに、
あらゆる記録から追い落とされ、
たんに兵籍名簿のカードに、何月何日戦死と、赤インキで書いてあるだけである。
これでいいのか。
作戦計画を実施するために、
あらゆる苦悩や悲惨とたたかったのは、彼らである。
艦や飛行機や兵器を動かし、
それに燃え上がる生命力を吹き込んだのは、彼らである。
他の人たちを救うために、
他の人たちの失敗をつぐなうために、
他の人たちの名誉が傷つけられるのを防ぐために、
恐るべき苦難の道を突き進んだのは、彼らである。
その彼ら――人間的なつながりを
一人一人大切にしながら、人の子の喜びと悲しみを
つつましく、しかも無邪気に現して、
恩賞や名称や世間体には目もくれず、
敵撃滅の悲願を胸におさめて黙々と死地に臨んだ
これらの人々こそ、この大東亜戦争を
本当に戦った人たちであり、
戦争を語る資格がもっとも大きい人たちであり、
「戦争」それ自身についても、最も切実に、
最も力強く語り得る人たちであるはずである。

この本に盛られたものは、そういう人たちの
口から直接に語られ、また、何事かを語ろうとしながら、
その機を得ずに死んでいった人たちが、
その心を知る戦友たちの口を借りて語った話を、
その史実を、異常な環境の中において、
素直に、歪めずに、いろいろな角度から現わそうとした、
私のささやかな努力の結実である。
しかしその私は、残念ではあるが、
最期の筆をおいた瞬間、もうそれが、
彼らの心情を現わすにははなはだしく足りなかったこと、
私の心の沈め方の至らなかったことが、
自ら激しく責めなければならなかった。
述べるべくして述べ得なかったことが、
山ほど残されてしまったのである。

私の願いは、こういう埋もれた人たち、
たとえば戦後の電車の混雑の中で、
つい右隣のツリ革につかまっているような人たちが、
いかに勇敢に、自己を捨てて祖国の急に赴いたか、
いかに崇高な魂を打ち込んで、人を、家を、村を、
街を、日本を、愛するがゆえに奮戦したかを、
日本の栄えゆく限り、私たちの記憶から
消滅させたくない、ということにある。
しかも、彼らのその尊い献身が、
すべて素朴に祖国の安泰を求めつつ
なされたものであるからには、彼らの奮戦を
私たちの記憶から消滅させないようにすることによって、
私たちの希望と矜恃と実力を養うばかりでなく、
その上にさらに一歩をすすめて、彼らの願いを生かし、
その献身に栄光あらしめるために、
ふたたび戦争の惨禍が、国土の上に、国民の上に、
国民の知らぬ間に襲い掛かるようなことがないよう、
積極的に努力したいのである。

波濤を越えて

吉田俊雄 〈朝日ソノラマ〉

  目次
第一部 第二水雷戦隊
第二部 戦艦比叡
第三部 空母瑞鳳

吉田さん、若いころはこういう思いで
積極的に下士官兵たちの素顔を書いてたんでしょうね。
ご自身が年齢を重ねて、
指揮官であった人たちの年齢を超えて
その心情が理解できるようになって、
やっぱり、上層部はおかしいぞ。と、
それでそれぞれの連合艦隊司令長官や
参謀長。また、参謀とは、なんて題材のものを
書くようになったんじゃないかなと思います。

波濤を越えて

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