指揮官と参謀

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なんか、この手の作品が多いんです。
吉田俊雄さん、海軍兵学校第59期。
終戦で中佐になった期です。
永野さん、米内さん、嶋田繁太郎の副官をしていますから、
気になったんでしょうね。指揮官。
ボクの持っている本の中では比較的早い段階のものです。
80歳を過ぎたころの作品が多いですね。
ボクの勝手な想像ですが、
やはり、中佐ぐらいになった方
特に実際に大臣になった人の副官などしていれば
「やはり、残さない方がいいか、、、」
なんて思うエピソードとかもあると思うんですよね。
でも、80にもなると、その人たちと
同じだけ生きたことになるし、言ってもいい、残すべき。と、
ちょっと違った視点というか、
ある程度割り切った考えに達するんじゃないか。
そんなふうに思えたりもします。

指揮官と参謀

その思考と行動に見る功罪

吉田俊雄 〈光人社〉

  目次
一、先見性・山本五十六
 艦隊決戦から航空主兵の時代へ
   主体的で視野の広い軍政家山本と部下、
   軍令部との認識上のギャップが悲劇を生んだ
二、年功序列・山本五十六と小沢治三郎
 悲劇に彩られた二人の司令長官
   生死を度外視、知能の限りを傾けて
   己の職責を果たすべく情熱を燃やしつづけた
三、上将と猛将・山本五十六とハルゼー
 太平洋で睨みあった異色の好敵手
   奇しき縁に結ばれた日米の二人の司令長官は
   虚々実々の秘術を尽くして戦いつづけた
四、適材適所・南雲忠一
 難局で問われた指揮官の真価
   勇猛果敢な水雷戦隊司令官は、なぜ
   航空艦隊司令長官になって因循姑息に豹変したか
五、逆境・山口多聞、角田覚治、大西瀧治郎
 退勢挽回をはかった三人の提督
   絶体絶命の窮地にあっても、攻撃こそ
   最良の防御なりを実践して果敢に戦いを挑んだ
六、決断・栗田建男
 沈黙の提督、レイテ突入せず
   死中に活を求め、すさまじいまでの決意を抱いて
   決戦にのぞんだ栗田艦隊指揮官の真実
七、責任感・西村祥治
 水雷屋提督、スリガオに死す
   任務を達成しようという責任感で常に
   事にあたった私心なき知勇兼備の提督の真骨頂
八、指揮官先頭・村田重治と江草隆繁
 海軍魂をもった二人の猛将の最後
   艦攻の鬼、艦爆の鬼とうたわれ、つねに
   先頭きって飛びつづけた第一線指揮官の風貌
九、参謀の条件・宇垣纒、福留繁、草鹿龍之介、矢野志加三
 連合艦隊司令長官と四人の参謀長
   変化への対応ができなかった上部指導機構の
   頭脳たちは無能な失格者ぞろいだったか

開戦時の連合艦隊司令部

真珠湾攻撃後、海軍省は報道禁止事項を示達したそうです。
「連合艦隊司令長官山本五十六大将が勝負事に巧みなること」
山本さんはモナコのカジノで入場を断られるほどバクチがうまく、
断られたのは世界で二人目だという伝説になったとか。
シマハン(嶋田繁太郎海軍大臣)としては、
それを真珠湾とからめて論じられては
海軍の恥辱とでも考えたのだろうと吉田さん。

兵学校、術科学校、大学校で徹底した均質化教育をされ、
それぞれのレベルでは、だれをそのポストに配しても、
そのために戦力を落とさない規格品の海軍士官
――悪い言葉で言えば、教えられたところを忠実に実行し、
私見を差し挟まずに行動する、
将棋の駒のようになった人たちに比べると、
五十六さんは異質である。と、こうも言っています。

そんなわけで、
五十六さんは主体性を持った人が好きだったようですが、
黒島の場合はただの変人であったと、
いや、今の言葉でいえばオタクでしょうね。
そう見極めて活用すれば、
それは非常に生かされたのだと思いますが、
先任参謀にしてしまった。
せめて宇垣さん(参謀長)が、
黒島に具体的な指示を与えてこき使うような
形になっていればよかったんですが、
五十六さんは黒島の変人の才を愛するあまり、
宇垣さんを飛び越えさせてしまっていました。

五十六さんが連合艦隊司令長官になってからすぐ、
参謀長は福留に替わります。
永野さんは軍令部総長になったときに福留を欲しがります。
それでじゃあ一部長の宇垣(福留、宇垣は同期)と
交換しようってことになったんだけど、
五十六さんが婉曲にお断りします。
「戦隊司令の経験のない人は、、、」
ようは宇垣さんのことが嫌いなんです。
それで、宇垣さんは第八戦隊の司令官になって、
第八戦隊の司令官だった伊藤さんが参謀長になります。
今度は永野さんが伊藤さんを次長に欲しいって言いだします。
宇垣さん、「司令経験あり」になっちゃったもんだから、
もう、五十六さんも受け入れるしかなくなっちゃったんですね。
これが、昭和16年の葉月で、
真珠湾の作戦は出来上がってました。
そんなわけで宇垣さんは蚊帳の外状態で開戦を迎えるのです。

このとき五十六さんは五十六さんで、
そろそろ俺も交代だろう。なんて思いもあります。
なにがなんでもって、参謀長の適任者を
模索するって意欲が薄かったのかもしれませんね。

それぞれの参謀長

吉田さんはこのように説明しています。参謀長とは、
「司令長官の幕僚として司令長官を佐け、隊務を整理し、
 幕僚その他隊務に参与する職員の職務を監督する」
足りないものを補って完全なものにするのであるから、
長官の言うままに従うのでは
参謀長の職責を果たしたことにはならない。
そして、
先任参謀以下の参謀はこれとは違う。といいます。
「参謀長の命を承け服務する」
参謀長の言うままに従わなければならない。

これを見れば明らかで、参謀長というのは
指揮権はないものの非常に重要な役目です。
それをないがしろにして、変人参謀に任せた。
五十六さんは任せた相手を尊重しますからなおさら良くない。

五十六さんのあとをとった古賀さんは、福留をもらいます。
この福留って人は
「戦略戦術の大家」なんて言われ方をしていたんですけど、
ジツは教科書の内容をたくさん覚えただけで、
イレギュラーなことには全く機転が利かないタイプ。
ここまで言っちゃ失礼かなとも思うんですけど、
吉田さんも言ってるし、何よりもご本人が告白してます。
「多年戦艦中心の艦隊訓練に没頭してきた私の頭は転換できず、
 南雲機動部隊が真珠湾攻撃に偉功を奏したのちもなお、
 機動部隊は補助作戦に任ずべきもので、
 決戦兵力は依然大艦巨砲を中心とすべきものと考えていた」

吉田さんはさらに手厳しいですね。
豊田長官の場合は、南雲艦隊参謀長として戦ってきた
ベテランの草鹿龍之介を引っ張った。
しかし、豊田に輪をかけた主観性、直感性、心情性の持ち主で、
性格の似た者同士、すっかり欠点が増幅されることとなった。

指揮官と参謀

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