勇断提督山口多門

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官僚みたいな軍人ばかりだったのか。。。
こういう残念な思いにみなさんを浸らせる
そんなつもりで、書いているわけではないんです。

まぁ、当然と言えば当然なのかもしれないけど、
勇敢な方々は、より早く命を失っています。

山本五十六さんの暗殺に「GO」を出すとき、
アメリカ海軍でこんな会話があったとかなかったとか。
「もし山本を殺して、もっと優れた指揮官が正面に来たらどうする?」
「それは困る。しかし山口はミッドウェーで死んでるから大丈夫だ」

このような評価を受けていた提督がいたという点。
これはこれで注目すべきですが、
ボクは、このことから、
いかにアメリカが日本を研究し尽くしていたか。
こちらの方に驚きを感じます。
とにかく、アメリカは研究熱心です。
そして研究して、それを必ず実地に生かしますね。
真珠湾攻撃で航空兵力の重要性を知ると、
真珠湾に沈んだ古びた戦艦を見て、
あっ、この動かさなくていいんだから
このベテランたちを空母の方の人員に仕える!
こういうプラス思考をしますね。
ゼロ戦は化け物だな。
そう考えると、無理に戦うな、逃げろ!
なんて平気で指示を出す。
そして、墜ちたゼロ戦拾ってきて
分解しては、一生懸命研究します。

なんか、だんだん山口さんから離れちゃったけど、
そろそろ戻りましょうか。
山口多門さん。海軍兵学校40期です。
同期には山本五十六さんの参謀長で、
『戦藻録』を残した宇垣纒さん。
特攻作戦を最初に指揮した大西瀧治郎さん。
けっこう武人がそろっています。
左近充尚正さんとか、城島高次さんもそうですね。

山口さんは、部下にこのような話をしていました。
「生死いずれかと迷える時は潔く死ね」
武士道ですね。
『葉隠』の一部を渡部昇一さんが現代語に訳しています。
『武士道の本質は死ぬことだと知った。生死二つのうち、どちらを取るかといえば、早く死ぬ方を選ぶ。その覚悟さえあれば、腹を据え、よけいなことは考えずに邁進することができる。「事を成し遂げないうちに死ぬのは犬死だ」などというのは、上方ふうの打算的な武士道にすぎない。二者択一を迫られたとき、「絶体に正しい」という道を選ぶのは難しい。人は誰でも生きる方が好きだから、多かれ少なかれ、生きる方に理屈を付けがちだ。しかし、生きるほうを選んで、失敗に終わってなお生きているとすれば「腰抜け」といわれる。そこがむずかしいところである。ところが、死を選んでいれば、もし失敗して死んだとしても「犬死」といわれるだけで、恥になることはない。ここが、つまりは武士道の本質だ。武士道を極めるためには、朝夕、繰り返して死を覚悟することが必要である。常に死を覚悟しているときは武士道が自分のものとなり、一生誤りなく、主君にご奉公し尽くすことができる』

「繰り返して死を覚悟する」ということは、
大きな決断に出会ってはじめて決断しようっていうと、
これ、ムリです。
ただ、人間って先が見えないかっていうとそうではなくてね。
こうしたら、こういう懸念があるな。とか、
そういうことってわかるんですよね。
ただ、そのときは切羽詰まってないし、
となると、なおざりになりやすい。
常に死を覚悟している状態というのは、
常に切羽詰まった状態として判断し続けるってことだと思います。
これはなおざりにはできなくなります。
分からなければ調べますね。
こういう生き方をしたら相当忙しいと思います。
でも、今騒がれているような
統計不正問題みたいなものはないですよね。
官僚は国に尽くすべき立場ですからね。
こうあらねばならないわけですよ。

また、山口さんから離れちゃったなぁ。

勇断提督山口多門

生出寿 〈徳間書店〉

  目次
まえがき
平々凡々の大物少年
地中海でドイツ潜水艦と戦う
高慢米英に闘志を燃やす
連合艦隊先任参謀の信条
駐米海軍武官の情報活動
軽巡五十鈴艦長と皇族出身士官
戦艦伊勢が立てた金字塔
事故艦長を軍法会議から救う
心服した猛将大西瀧治郎少将
かっぽれ飛龍艦長と恵比寿司令官
ハワイ反復攻撃の進言
択捉島単冠湾で歌う”決死隊”
真珠湾への海路三千五百浬
全機撃突の決意で出撃
一撃だけで引き揚げた禍根
部下をみすみす殺せない
英米屈服の史上最大の作戦計画
ミッドウェーに待ち伏せた米艦隊
現装備のまま発進せよ
米空母ヨークタウンを倒す
猛火の中の勇士たち
艦とともに沈むのが正道
あとがき
参考文献


特攻を最初に指揮した大西さんが、
「山口の下なら喜んで働ける」
と言ったなんて残っていますし、
さらに一期上の闘将角田覚治さん、
山口さんの戦死を聞いた時の言葉として伝わっています。
「山口を機動部隊司令長官にしてあげたかった。
 彼の下でなら、喜んで一武将として戦ったのに」

非常に惜しまれますね。
戦闘で死んだのではなく、司令官として
ミッドウェー敗戦の責任をとって艦とともに沈みました。

ミッドウェー海戦の指揮官は南雲さんです。
空母四隻(「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」)が沈んでいますが、
「赤城」「加賀」は南雲さん直卒、
「蒼龍」「飛龍」が山口さんの担当です。
ジツは南雲さんは責任を取って沈むつもりでいました。
ところが参謀長の草鹿龍之介に引き摺られるようにして艦を降りたんです。
その後も南雲さんは腹を切るつもりでいましたが、
草鹿龍之介に説得されて思いとどまります。
この戦闘で山口さんは「飛龍」に乗っており、
「赤城」「加賀」「蒼龍」が立て続けにやられて、
山口さんの「飛龍」だけが孤軍奮闘したのち沈みました。
南雲さんが山口さんに「託す」と電報を打って沈んでたら、
山口さんは沈むわけにはいかなかったんじゃないかな。と、
ボクはその点を惜しみます。

ミッドウェーは驕りのために負けた海戦で、
海軍乙事件同様、
避けられた被害を被った戦だったと思います。

勇断提督山口多門

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