「東京裁判」を読む

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2009年の本です。
おそらく、この年に読んでいると思います。

この本は、
法務省に眠っていた東京裁判の資料が
国立公文書館に移管されたのを機に
井上亮氏が日本経済新聞で
連載記事を書いたものが基になっているようで、
そのときに助けを求めた保阪正康氏
保阪氏が声をかけた半藤一利氏との
3人の鼎談が載っています。

「東京裁判」を読む

半藤一利・保坂正康・井上亮
〈日本経済新聞出版社〉

ボクがこの本を手にしたころ、
ボクはこのお三方の名前すら知りませんでした。

今のボクにとっては、保坂さんなんてのは
かぐわしい部類の人になるんだけど、
このときは、このお三方は
ボクに目覚めさせるきっかけをつくってくれた人々です。

序章  歴史の書庫としての東京裁判
第一章 基本文書を読む
第二章 検察側立証を読む
第三章 弁護側立証を読む
第四章 個人弁護と最終論告・弁論を読む
第五章 判決を読む
第六章 裁判文書余録
あとがき
参考文献

鼎談の中で
この裁判長は天皇を裁きたくてしょうがなかったのに、
天皇は出てこないって分かって
裁判を投げちゃったんじゃない?
なんて言われ方をしています。

話の流れはこうです。
判決文が11人(11ヵ国)の判事全員で
書かれたものではないという話から、
多数派7人で書いた。と、
おもしろいのは、
裁判長がこの7人に入っていないんですね。

このウェッブ裁判長(オーストラリア)は、
これは政治裁判なんだからいいんだ!
みたいなことを言ってたと思うんだけど、
最終的には、
罪を証明するための共同謀議なる概念は
国際法にない。事後法だ。としています。
となると、
A類で有罪にできなくなる。
だから多数派の判決文作成に加われなかった。と、
そんな話から、
天皇云々、ということになっています。

ボクのイメージでは、
個人的に天皇を裁きたい気持ちが強かったんじゃなくて、
法律家として、
天皇は裁かないという前提で
裁判を進める茶番を2年もやって、
一番辟易としていたのがこの人かな?
なんて印象ですね。

死刑かどうかは判事の多数決だったようで、
だいたい7対4か6対5で死刑になったようです。
8対3はなかった。
死刑という判決をしない国があったから、と言うんですね。
ソ連がそうで、
ソ連には死刑制度そのものがなかったらしい。
その理由が、法律がなくても死刑にできるから。


この本を読んで一番びっくりしたのは、
A級戦犯という言葉、訳し方に関してでした。

ボクはこの時まで
A級戦犯というのは
一番悪いって意味だと思っていたんですが、
そうではないというんですね。
甲・乙・丙みたいなランク付けではなく
単なる、イ・ロ・ハという分類なんだと。
訳すのなら、A類と訳すべきであったと、
このことを知っている日本人の数は
かなり少ないんじゃないか。
この本を読む前のボクと
同じ認識の人の数の方が圧倒的に多いんじゃないか。
そんな印象を持ったので、
このことだけはお伝えしておきたくて、
この本を取り上げました。

「東京裁判」を読む

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